外食の値段が上がり続ける今、中間の価格帯が苦しい理由と選び方
千円台前半のランチを見て不安になる。原価も仕入れも上がるなか、お店が出したい金額と客が出せる金額は噛み合わなくなっています。真ん中が苦しくなる背景を読み、自分の仕事ならどちら側に立つのかを考える視点が見つかります。

野菜の声を聞くセッションというものを、初めて受けてみた。
ゲストはラグラス早奈々さん。
今日の野菜はバターナッツカボチャで、早奈々さんがそこから受け取ったものを伝えてくれる。
「Minimaとしてやっていることの方向性は、自分にとっていいのか」というのを、そのまま話した。
ブランディングや事業づくりを手がけてきた話、誰かの思いを形にするという仕事の話。
整えて聞かせようとはせず、なるべくそのままの言葉で。
「自分の会社の思いを強くしていくのは素晴らしい。けれども、お客さんの思いに寄り添って大きくするのは、やりすぎです」という言葉が返ってきた。
やりすぎです、という言葉が繰り返し出てきた。
コスパよく届けようとすること、相手が気持ちよくなれるように整えること、そういうことが積み重なって、結果的に「やりすぎ」になっている、と。
実際、思い当たることはあった。
もう少しうまく流れそうだったのに、という場面が、たしかにあった。
「なんか疲れたな、というニュアンスが言葉として一番近い」と話したとき、今の状態を「回転」という言葉で説明してもらった。
商品を出して、集客して、というループを回しているつもりなのに、どこか重たい。
感情が乗っていない。
機械的な感じがする、というのが、その時の正直なところだった。
その状態を聞いて、早奈々さんはこう言った。
「高速回転にすると、くっついてこない。すっきりして、軽くなります」と。
足は動いていないのに、頭だけがぐるぐると回り続けていた。
それはたくさん動くという意味ではなく、気持ちの切り替えが早くなるという意味の「高速回転」なんですよね。
そのためにはまず、今が「さっぱり」か「こってり」かを、自分に聞いてみることらしい。
今は濃厚です、という診断が出た。
思い当たる節が、また、あった。
懸命にやっているつもりのことが、相手にとっての重さになっていることがある。
コスパよく、丁寧に、もっと届くように、と積み上げていっても、それがかえって重力になって、全体の動きを鈍くすることがあるなんです。
「さっぱりしてる?」と自分に聞く習慣ができると、次の一手が軽くなることがある。
それは方法を変えることではなく、自分の状態を先に確かめるという、ごく小さなことなんだと思います。
今の自分は、さっぱり系とこってり系、どちらに傾いているだろう。
千円台前半のランチを見て不安になる。原価も仕入れも上がるなか、お店が出したい金額と客が出せる金額は噛み合わなくなっています。真ん中が苦しくなる背景を読み、自分の仕事ならどちら側に立つのかを考える視点が見つかります。
手仕事ならAIに奪われないと言われますが、飲食店の倒産は上半期で514件、農業を主な仕事にする人は100万人を切りました。仕事が直接奪われなくても、周りの構造が変われば働き方は変わります。自分がどこに立つかを考えるきっかけに。
視点や思い込みが変わらないまま情報だけ増えても、動けない感覚は消えない。「休んだら損」という前提が、実はそもそもの枠組みを狭めているとしたら。自分の当たり前を一度外から見てみると、同じ状況がまるごと違う形に見えてくることがある。
懸命にやっているつもりのことが、相手にとっての重さになっていることがある。野菜の声を聞くセッションで返ってきた「やりすぎです」という言葉から、動きが鈍くなる前に自分に問いかけてみるヒントを書いています。
感じる力とマーケティングの成果は別の話だと思っていた。でもロジックを一言で超えるインフルエンサーの現場を見て、その見方が変わった。外から借りられないものが、なぜ資産になるのかを書いています。